キキのテーブルのブログ「4×6 -4つの目、6本の足-」

🐾チビ君2🐾

1つ前の記事でご紹介したT家のチビ君、
短期間で顔つきが変わったことに、

すごく反響がありました。

FBもですが、blogを読んだ方からも、
「短期間で、なぜあそこまで変ったのか知りたい」という問い合わせや、
「うち(の保護猫は)はどんなに頑張っても、上手く行かない」

「信じられない、羨ましい!」というご意見まで…

 

こんなに早く変わったチビ君の場合は、外で暮らしていた猫といっても、
ずっとT家の中庭で面倒をみてもらっていたことや、
元々の彼の性格も大きいと思います。

(添付写真1 健康だった外猫時代。中庭でくつろぐチビ君 
添付写真1a今のチビ君 旦那さんに可愛がられて)

 

そのチビ君の資質プラス、T家の人たちが優しいということも大きいと思います。

 

もちろん、blogの読者の方が、優しくないなどと言っているわけではありません。

でもこのように問い合わせが多いのは、同じような悩みを持つ方は
たくさんいるということですね。

実はこういったお悩み、私がペットシッター時代から多い相談で、
私自身も悩み、自問自答、試行錯誤してきた経験があります。

 

なので今日は、どうぶつたちへの接し方を、愛情のかけ方、
可愛がり方という点に特化して
書いてみたいと思います。

多分、いつも通りの長文になります(^▽^;)辛抱強い方は、
お付き合いくださいませ。

 

どうぶつたちの面倒をみるのは、通常、女性が主になることが多いものです。

また、今やどうぶつの存在は子供と同じです。少なくとも、幼い、
立場が弱い、母親の庇護や介助、愛情が最も必要な存在と言う点では、
どうぶつも子供も同じです。

 

そこで、相談がある度に私が思い出すのは、大岡越前の子供を引っ張り合う母親同士の話です。

知っている方もいるかと思いますが、ご紹介します。

 

あるところで、小さな子供1人に、我こそは母親だと言って譲らない
2人の女性がいました。争いが収まらないもので、
とうとう大岡越前の奉行所で白黒付ける事になりました。

 

話を聞いた大岡越前は、2人にこう提案したそうです。

『その子の腕を一本ずつ持ち、お互いに腕を引っ張り合いなさい。
勝った方を母親と認めよう。』

今まで散々揉め、私こそが子供を愛していると主張する母親2人は、
今度こそ決着がつくとばかりに、子供を引っ張り合いました。

当然ながら、両側から思いっきり引っ張られた子供はたまらず
「痛い、痛い!」と叫びました。

 

もし、この時あなたが母親の1人の方だった場合、どうしますか?

もちろんあなたは、この子供を愛しています。誰にも渡したくないし、
ここで負けてしまったら、2度と会えないかも知れないのです。

 

大岡越前のお話しの中では、子供の声を聞いた途端、片方の母親が手を離してしまいます。

当然引っ張り合いは終わり、引っ張りきった方の母親は、
大喜びで子供を連れて行こうとしたのです。

すると、大岡越前はこれを制止しました。

『ちょっとまて、その子は手を離したこちらの母親のものだ』

 


引っ張りきった方の母親は、唖然としてしまいました。
なにせ、自分は引っ張り合いに勝っているのですから。

当然という顔で、彼女は食い下がりました。

しかし大岡越前は 『わたしは「引き勝った方が勝ち」などとは言っていない。
本当の親なら(本当に愛しているなら)、子が痛いと叫んでいる行為を
どうして続けられようか』 と、言ったのでした。

 


このお話は分かりやすいので、多くの人はそうよね!と思うかもしれませんが、
自分に置き換えてみると、この引き勝った母親と同じようなことを、
知らず知らずのうちにしていないか…ということです。

必死で引っ張った母親の方は、愛ではなく「子供への執着」や「子供を失う怖れ」、

「自分の方が正しいという我欲」でいっぱいになってしまっていたから
こうなったのですが、私たちがどうぶつ(あるいは子供に)
どんなに頑張っても上手く行かないとか、羨ましいと思う時、
対象のどうぶつ(あるいは子供)の気持ちや状態を見ないで、
自分の気持ちや事情だけを押しつけよう、通そうとしている場合が、
おおうにしてあるということです。

 

特に私たち女性の母性というのは、相手と一体になって
我がことのように感じ取れる美徳があります。
どんな美徳でも、自分で制御しないと暴走するものです。


相手のことを我がことのように思える美徳は、
「私がこう思うのだから、どうぶつ(子供)もそう思っているに違いない」
になってしまう懸念があるということです。

このようになってしまった状態を、主観的・感情的と言うのだと思います。


このような気持ちで接しられたどうぶつや子供は、たまったものではありません。

 

話をT家に戻します。T家のチビ君が、なぜこんな短期間で
ここまで馴染んで、可愛い顔になったか…
それはTさんが、「彼にこうしよう、ああしよう、こうなってほしい、
なんでこうしてくれないの!」
という気持ちを、持たなかったからだと思います。

もちろん人間ですから、自分側の事情に沿ってもらいたい、
沿わせたいという気持ちはあったでしょうが、それよりも、チビ君を労わってあげたい、
彼がどうしたら心地よく過ごせるかという気持ちが、優ったのだと思います。

 

私もペットシッター時代は、たくさんの猫を保護していました
(といっても、一度に最大9頭でしたが)
外で暮らしてきた猫達は、彼らなりの流儀で生きてきています。

色んな資質、性格があるのは、私たち人間と全く同じです。

そんな彼らが、たとえ保護してもらったとはいえ、短期間で、
自分の思う通りに等ならないということです。


当時は私も若かったので…思い通りになってほしいと思い、頑張れば頑張るほど、
上手くいかないものでした。

40代半ばくらいになって、「いいよ。(これだけはダメということ以外)あとは、
あなたの好きにしたらいい。急がず、我が家と、私と、先輩猫に慣れてね」
と言う気持ちで、あとはただ見守るということができるようになってきました。

すると、あんなに頑張っていたころより、ずっとスムーズにことがすすむようになったのです。

 

またまた長文になってしまいましたので、そろそろ終わりにします。

 

最後に、T家の先輩猫たちの写真も!(添付写真2)

実はT家の猫メンバー全員、私が保護した猫たちなのです😻

中でも秀逸なのが、奥にいらっしゃる(敬語使いたくなる存在)三毛猫、スーさん。

もとは、酷い接し方をする愛護団体にいた猫でしたが、
レスキューした当時から15年経った今、旦那様の第1夫人となっています。

T家で、1番偉いお方なのです。
(ちなにみスーさんからしたら本妻のTさんはお手伝いさん的(^▽^;))。

 

彼女は、私がアニマルコミュニケーションの道に進むきっかけを与えてくれた、
猫の1人でもあります。スーさんの話はまたいつか、書きたいなと思います。

 

長文お読みいただき、ありがとうございました。

チビ君の穏やかな日々が、続きますように💖

 


 

 

 

 

  • 2019.10.04 Friday
  • 21:47