キキのテーブルのブログ「4×6 -4つの目、6本の足-」

不思議な体験

先月末から、葬儀が続いていました。

 

年上の友人の旅立ちは、順番なのだと言い聞かせ、自分を納得させたりもできますが、
同年代や私より年下の人の旅立ちは、やはり淋しくやるせないものです。

 

でもその中の1人が、お通夜で自分の寝ている姿を、

くすくす笑いながら見ていたのを感じました。
その映像は途切れ途切れでしたが、何回か、ハッキリ見えたのです。

 

1つは、お化粧の仕方が気に入らないみたいで、
「こんなの変」とか「お坊さんのお経が、大真面目で可笑しい」とか…
そんなことを、会場の部屋の斜め上から見下ろし、注文をつけているのでした。

私はその時、悲しく落胆していたので、その映像をきちんと見てあげることができませんでした。

「あ〜、彼女らしいな。いるなぁ」と思っている内、すーっと途切れてしまったのですが、
今思えば、生前の彼女らしいユーモアがありました。

 

あの時、役目を終えた自分の身体を見ている彼女は、どんな状態だったのかな…どんな感覚なのかな…

私たちの方の話や思念は、彼女に伝わるのかな…

と、ツラツラ考えていたら、8年前に手術をした時の不思議な体験を思い出したのです。

 

忘我記録も含めて、記しておきます。

 

「鼠径部小切開手術」を受けた時の体験です。鼠径部ですから、いわゆる脱腸ですね。
男性や力仕事の人に多い疾患で、私はそのどれにも当てはまらないのですが、
なってしまいました。

 

当時この手術は、34日(短い所で23日)の入院で行うのが一般的でした。
手術自体は30〜40分の短いものですが、やはり開腹手術なので、全身麻酔で行うのです。

でもその時丁度、我が家のある猫の死期が迫っていました。

私は、3日も家を空けたくなかったのです。その間に旅立ってしまう可能性大でしたから。

そこでネットで色々調べ、日帰りで行ってくれる病院を探しました。

 

入院と日帰りの違いは、手術前の絶食や剃毛、健康管理を自分でやること、
術後の痛みのコントロールも自分でやること(座薬で対処)そして最大の違いは、

麻酔でした。

日帰り手術は、全身麻酔の代わりに、「静脈麻酔」と、「局所麻酔」を併用して行うのでした。

手術事例が多い病院だったのと、猫のことが気がかりだったので、私は迷わず、日帰りを選びました。

 

その手術の時に、不思議な体験をしたのです。

 

腕の静脈から麻酔を入れられ、看護婦さんに数を数えてくださいと言われるのですが、
そこで完全に意識が途切れると思っていた私は、すごく驚きました。

 

私の意識の中では、半分寝ていて半分起きている状態がずっと続いていたのです。

まず、看護士さんたちの会話は聞こえていました。ただその聞こえ方が不思議で、

薄い曇りガラスか膜を通して聞いているような感じなのです。

1枚何かが隔てられている感じです。

そして驚くことに、自分の回りの物がうっすら見えていました。
この見え方もとても不思議で、やはりなにか膜がかかっているようなというか、
ぼんやり輪郭が見えている感じです。でも看護士さんたちの術着の色は、
はっきりわかりました。

 

私の気持ちは、ずっとフカフカした軽い感じのテンションで、いつでも

このまま立って歩いていけそうでしたし、身体から抜けて行けそうでした。

そして実際、一度だけ抜けた感じがありました。

 

さきほどの通夜の時の彼女のように、私も(私の視点)フワフワ浮いていて、

上から手術の様子を眺めていたのです。

先生はなぜか靴下をはいていて、その靴下の模様が手術着と合わない色だったので
可笑しくなったのを、ハッキリ覚えています。

クスクス笑いをした途端、自分で「まずい」と思ったのでした。
まずいと思ったら、もう一瞬で身体の中に戻っていました。

それからすぐ、お腹に太い注射を打たれ耳元で看護士さんに話しかけられました。
すると、今までの膜が一瞬でぱちんとはじけて、
「ハイ」という声が出ました。(それまでも声を出そうとしたのですが、出ませんでした)

 

その後何事もなかったように起き上がって、ほぼふらつくこともなかったので着替え、
私はすぐに病院を後にしたのでした。

 

時計を見たら、病院に入って出るまで、1時間弱だったと記憶しています。

不思議だったのは、手術の間の時間です。麻酔を打たれてから起き上がるまで、
すごく短く感じました。実際は30〜40分だったと思いますが、
私には5分も経っていないように感じたのです。

時間も空間の間隔も、全てがいつもと違っていました。

 

軽くて、フカフカ(フワフワとの中間)と漂っている感じ、
気分もとても良かったのです。

 

さて話を戻して…

旅立った彼女たちは、いずれも長い闘病を経ていました。

治療の仕方はそれぞれ違いましたが、みな闘い抜いて、

生ききったと思います。

 

彼女たちを思い出す時、手術中の私のように、

軽くて心地よい気分で、役目を終えた自分の身体を見ていたと願います。

そしてその後、光を見つけ、真っ直ぐ光の中へ還って行ったと願います。

 

そうであるよう、毎日、祈っています

 

 

 

  • 2019.06.09 Sunday
  • 22:44