キキのテーブルのブログ「4×6 -4つの目、6本の足-」

🐾う〜ちゃん(黒猫女子 6歳)は、どうしたらキャリーバックに大人しく入ってくれるのか?実例🐾

今日ご紹介するのは、上顎にできた肉腺腫で闘病してきた
黒猫う〜ちゃんです。
う〜ちゃんがキョーコちゃんと呼ぶ(ママとかお母さんではなく、
最愛のお世話係キョーコちゃんという感じ)
Wさんは、私がペットシッター時代のころから、
20年来のお付き合いとなります。


アニマルコミュニケーターになってからは、主に猫達が闘病中の時、
セッションをしてきました。W家の猫はほぼ全員お話ししましたが、

1人だけ気質も毛色も(W家は白・白キジの猫が多い)際立って違うう〜ちゃんに、
当初キョーコちゃんは、ほとほと手を焼いていました。
W家の猫はそれまで、芯は強いけれど、シャイで静かな女子が多かったのです。

 

う〜ちゃんのキャラクターを知っていただくと、なぜキャリーバックに入れるのを
苦労するかがわかっていただけると思うので…
2016年、W家の猫になってしばらく経ったころの、
う〜ちゃん全盛時代トークから、一部抜粋してご紹介いたします。

 

質問は、外にばかり行って帰ってこないことを心配して聞いたものです。
ちなみにW家周辺は、地域猫活動している個人ボランティアも多い街で、
Wさんもその
1人です。

〜ちゃん以外にも、う〜ちゃんの母猫や親せき一同のご飯の面倒をみています。

(全員不妊手術済み)

「う〜ちゃん、最近全然帰ってこないんですって…
そしてやっと帰って来たと思ったら、ご飯食べてすぐ出かけちゃうのだって。
なんでそんなに、外に行きたがるか教えてくれる?キョーコちゃんが心配だよって」
と私が聞いたところ、う〜ちゃんは、悪びれもせずこう答えました。

「猫の顔ぶれが変わってきて、それに伴って、微妙に猫同士のバランスが崩れてるのよ。
黒っぽい大きな男、若い流れ者みたいな男子、半分家猫みたいなの、
他にもまだ数頭気になるのがいる。その子たちに、アタシは顔売っておかなきゃいけないし…
ここはアタシんち
!ここからはアタシの陣地!っていう風にね。
とにかく、そういう猫相手に、示しとかなきゃいけないこと、いーーっぱいあるの。
アタシの家族(黒猫フアーミリー)のためにも、頑張っておかなきゃだしね。
今の時期(ようやく涼しくなったころ)、とくに夕方から夜までは、
猫界の、ゴールデンタイムなの
!!冬になって寒くなったら、
またちゃんと家にいるってばー、キョーコちゃん」

 

全盛時代のう〜ちゃんは、こんな風に、一度喋り出したら止まらない爆弾トークも特徴でした。
声にも勢いと張りがあって、リーディングしている私は、
ものすごいスピードのトークを、書き留めるので精いっぱいだったものです。

(ちなみにう〜ちゃん、実物もとてもお喋り猫でした)

「そ、そうですか(^^;)でもキョーコちゃんにしたら、出たり入ったりされるのは
大変なんだと思うよ。まるで専従ドア係みたいじゃない?
せめて、夕方1回とか夜1回とかさ…出ていく回数を減らせないの?」

「だからー、前にドア付けてって言ったのにね。
(前のセッションで、う〜ちゃんは自由に出入りできる猫用ドアを熱望していたが、
今の住まいでは無理と説明した)猫ドアが無理なら、アタシが出ていくのは、仕方ないよー」

「ところで、外で何してるの?

「情報交換と、顔見せ!さっき顔を売ってるって言ったもん。
人間だって、お茶飲んだり、井戸端会議したり、いつもやっているでしょ
?あれと同じー」

 

それからも色々質問したが、一向に言うことを聞いてくれないお転婆ヤンキー娘う〜ちゃんに、
「そんなお転婆で、家猫としてやっていける?」と、とうとう泣きの質問をしたWさん。

それを聞いたう〜ちゃんは…

「へっ?」と言ったきり、しばし固まっていたが…

「キョーコちゃ〜ん、決まってるじゃない、私Wう〜だよ!!あたりまえだよー!!

えーどうしよう、怒っているの、キョーコちゃん?!

「怒っているっていうよりも、う〜ちゃんの女番長ぶりに、
ほとほと手を焼いている感じだよ」と言ってみると…

「まいったなー、アタシ」と言うや、ゴロンと転がってお腹を見せたのです。

「ほらっ、アタシのお腹見せてあげる。これでもだめ〜?

 

う〜ちゃんとは何回もお話ししましたが、いつもこんな調子で言いたい放題なのでした。
そして自分の分が悪くなるとお腹をみせて甘えるという、
猫好きが絶対逆らえない手を使ってくるもので、Wさんはう〜ちゃんに振り回され、
始終心配しつつも、可愛くて仕方がない様子でした。

 

そんなお転婆ヤンキー娘は、次第にW家周辺の女ボスへなっていったのでした。
ちょっとしたケンカ傷を負って帰ってくると、傷口が炎症をおこすのが唯一心配だったのですが、
歯茎も炎症をおこすようになってしまいました。(歯周病もあり、炎症をおこしやすい体質でした)

ある時、歯茎の炎症が一向に治らずどんどん大きくなっていくもので…
やっとのことで捕まえ病院に連れて行ったところ、肉芽腫という診断がくだされたのです。

しかも、検査の結果かなり悪性のものでした。

 

当然のことながら、これからずっと病院へ通わないといけません。
ところがう〜ちゃんは、大の病院嫌いなのでした。捕まえようとすると、
ものすごい勢いで逃げ回り、キャリーバックに入れるのが一苦労…
興奮して怒り、毎回、人間の方は流血してしまうというのです。

それでも夫婦で悪戦苦闘していましたが、とうとう私にSOSがきたのでした。

 

早速、う〜ちゃんにコンタクト取ってみると…

「わかってるー!私が悪いのもわかってるー!と、最初から低姿勢なのでした。

「そうか、暴れてしまうのは良いことじゃないってわかっているんだね。
じゃあ、なんで、病院に行くかはわかってくれている?」

「よくわかってないっていうか(本当はわかっているけれど、聞きたくないという印象)
…私の調子がよくないと、連れて行かれるのはわかっている」

「う〜ちゃんは、そうやって病院へ行かないとお口の痛みは治らないんだよ」

「ふーん」と言った後、もごもごと何事か呟くう〜ちゃん。

「病院へ行くの我慢してくれる?つまり、キャリーバックに大人しく入ってくれる?」

そう聞くと、いつもとは違うシュンとした口調でこう言いました。

「あのさ、あのさぁ言ってもいい?」

 

話を聞いてみると、行く前の物凄い緊張感のことを話し出したう〜ちゃん。

「アタシを連れて行く前から、もうすごい緊張感と、キョーコちゃんたちの
憂鬱感がピリピリ伝わってきて。それから、あのネットというのが嫌い!!
あれすごーく失礼っていうか、もうあれに押し込まれただけで、
私怒り心頭というか、パニックみたいになってしまう。そこからいつも同じパターンで、
私はずっと興奮してて、怒ってて、帰ってきたらお互い疲労困憊になっているの」

 

通常、病院嫌いな猫は、洗濯ネットにまず入れてから、キャリーバックに入れるのが良いと、
多くの躾本にそう書いてあります。

なのでW家もそうしてきたのですが、う〜ちゃんは、そうやって有無も言わさず
ネットに入れられること自体、失礼な感じがして嫌だ!と言ったのでした。

これは私達人間に当てはめて考えても、そうかもしれません。
いきなり頭から袋をかぶされ、押し込められたら恐怖でパニックになって
(臆病な猫は、固まってしまうので診察はしやすいかも)しまいますね。
そしてう〜ちゃんは、まがりなりにも界隈の女ボスなのです。

「アタシになにするのー!」と怒ってしまうのです。
そんなう〜ちゃんの言い分は、筋が通っているのでした。

 

Wさんに、今使っているキャリーバックの形状を聞いたところ、
ソフトタイプのものでした(添付写真1)
これでは、中で暴れて飛び出されるのも心配で、ネットに入れてからでないと、連れだせません。

そこでこんな風にアドバイスしてみました。
まずは、洗濯ネットに入れるのを止める。前日から、フラワーレメディを飲ませる。
(バッチのフラワーレメディというお花の性質を応用した、副作用のまったくない波動療法)
キャリーバックは、出し入れがしやすい、開口部が上部についた物にする。
脱走の心配がないハードタイプがいい。う〜ちゃんからも外の様子がわかる物にする。
(添付写真2)

 

その時、病院に連れていくことが最大のストレスだったWさんは、
すぐに全て実行しました…すると、う〜ちゃんの怒りが、ぐっと軽減したのでした。
彼女の怒りが軽減してくると、Wさんたちも気持ちに余裕ができ、緊張や憂鬱が和らいだのです。

 

Wさんとう〜ちゃんは、それから半年以上も病院へ通い続けました。
猫の癌は悪性のものが多く、また進行も速いのが特徴です。

う〜ちゃんも、顔半分が変形するほど腫れてしまい、手術は不可能にちかいと言われました。

医師からは、遠くない将来、安楽死という選択もあることさえ説明されました。

 

医師の言葉通り、う〜ちゃんは次第に食べることも難しくなってしまいました。
強制給仕で命を繋ぎ、痛みを抑えるステロイド注射の治療に通う日々が続きました。

 

う〜ちゃんが旅立ったのは、今年の126日でした。

医師からは年を越すのは無理かもと言われていましたが、
一緒に正月を迎えることができました。

体重は2舛鮴擇辰道罎里茲Δ貿っぺらになっていましたが、
旅立つ
1月くらい前までは、まだ外へ行こうとしていたそうです。

Wさんは、外へ行き、そのまま力尽き帰ってこれなくなったらと心配していたものです。

 

でも、う〜ちゃんが旅立ったのは、大好きなキョーコちゃんの足元でした。

その日の夜も付き添っていたWさんでしたが、ほとんど寝ていない日々でしたので…
うとうとしたそうです。

そうやって少し眠り、明け方目覚めたら旅立っていたのです。

その時のことを、う〜ちゃんは後にこう語っています。

「キョーコちゃん、ありがとうね!本当にありがとうね!すごくキツイ半年だったと思うけれど、
私たちすごく頑張ったよね。キョーコちゃんには、すごく感謝している!
最初この病気だってわかった時、安楽死の話しが出て…私はその安楽死は、絶対イヤと思ったの。
最後まで外へ出て、ああもうダメってなってからキョーコちゃんのところに戻って、
そして逝けたらいいなって思っていた。最後まで外に出てというのはさすがに無理だったけれど、
お家の中でさ、家猫として、キョーコちゃんと一緒に寝ている時、穏やかに逝けて、
私も少しは恩返しができたなかーって思っているよ。本当にありがとうね!」

 

 

最後まで明るくて強く、お転婆な印象だったう〜ちゃん。
今重い身体を離れて、こんな風に過ごしています。

「あのね、私はまだここら辺界隈のこと気になるから、当分この界隈に陣取るつもり(夏前まで)
キョーコちゃんが帰ってきてキィの音がしたら、飛んでいくからね。
だから時々、私の名前も呼んで!」

 

Wさんとう〜ちゃんの出会い、共に暮らした日々、悩み、喜び、闘病、そして別れ…
その全ての日々に、敬意と祝福をこめて
💖

 

 

 

今もこんな風にして、外を闊歩しています

 

 

  • 2019.03.18 Monday
  • 22:38