キキのテーブルのブログ「4×6 -4つの目、6本の足-」

HP改正 お客様の声&インタビュー

HPの改正について、少し前の記事で書きました。

新しく増えるのは、前回ご紹介した
「キキのテーブルが大事にしていること」の他に

「お客様の声」です。

 

2014年にHP開設して以来、実例のご紹介には力を入れてきましたが、

お客様の声や感想は、思うところあって、あえて公にしないできました。

公にしないというのは、ブログやフエイスブックに載せないということです。

 

でも2年位前から、やはりきちんとご紹介するべきだなと
思うようになってきました。

依頼する方にしたら、実例プラス、すでに依頼した方の意見や感想があれば、
もっと安心できるだろうなと…そう思うようになったころと前後して、
お客様ご自身からも、「自分のブログでご紹介していいですか?」
というお声を、たくさんいただくようになりました。

 

それからまた時間が経ってしまい、今回ようやくアップとなりました。

HPに載せるにあたって注意したのは、偏らないことでした。
犬猫だけでなく、アニマルコミュニケーションをするようになって初めて知った、
小さな生きものたちの豊かな声も、取り上げています。


今回はHPでご紹介しやすい(読む方の参考になりやすい)
と思う7例を厳選させていただきました。

 

その中の1つに、色々なコミュニケーターからセッションを受け、
それぞれの特色や感想を客観的な視点で記したサイトもあります。
サイトの運営者Fさんから、そのサイトを開設してほどなく、
インタビューの依頼をいただきました。
内容を拝見したら、とても真摯な内容でしたので、喜んでお受けしました。
インタビュー受けた項目は、以下8項目です。

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1 表現力の源となっているもの

2 裕福な家のペットとそうでない家のペット

3 アニマルコミュニケーターに必要な資質

4 存命の子と旅だった子

5 生まれ変わって再会をペットが希望する比率

6 別の場所に転生した子とのセッション

7 エネルギーの世界は体験せずには信じてもらえない

8「見える」「当たる」よりも大切なこと

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今日は先行して、一部をご紹介いたします。アニマルコミュニケーターの前職
ペットシッター時代のこと、重篤なペットロスを経験した時代のこと、
アニマルコミュニケーションの勉強を始めた当初、中々できなかったこと、
屋号キキのテーブルの由来などを記しました。

 

Fさんのご質問は、「ペットシッターサービスの運営や初期の

アニマルコミュニケーションの学習で、前田さんにとって印象深かったこと、
気付かれたことなどございましたらお教えいただけますか?」というものでした。

回答は、以下の通りです。いつも通り長文ですが、
ご興味のある方は、こちらからどうぞ…

(内容は変えず、一部加筆修正してあります)

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私の場合、ペットシッターを始めた理由が「ペットロス」です。
その当時、ペットロスという言葉もなかったので、胸に秘めたまま重症化してしまいました。

 

自分のいたらなさや幼稚さから、愛する犬を充分に看てやれなかった。
私は当時、そんな自責の念にかられていて、自分は、
どうぶつと暮らす資格がないという思いになっていたのです。
またもう二度と、あんな悲しい別れは嫌だとも思っていました。

 

その時たまたま観たテレビで、当時日本ではまだ珍しかった
ペットシッターの仕事を知りました。

 「私はもうどうぶつと暮らせないけれど、色んな家を訪問すれば、
大好きな犬や猫に、それもたくさんの子たちに会える!」

 そんな単純な動機でなったペットシッターですが、
私のそれまでの価値観は180度変わってしまいました。

 時代は、ちょうどバブルと言われた好景気が崩壊した頃でした。

 「物の豊かさには限界がある」、「いくら贅沢な品々に囲まれても
人間は幸せとは限らない」ということを、私達日本人が突きつけられた時代だったと思います。

 

それは、どうぶつの世界でも同じでした。

それまでの私は、大きくてきれいな家に住み、経済にゆとりがあり、
知識や知性、社会的地位がある家のどうぶつは、やはり幸せだろう。
そう漠然と思っていたのですが、そうではないことを思い知りました。

 

大邸宅でも冷たい雰囲気の家や、単に自分のステイタスとしてしか
扱われていない犬や猫もいました。大きな家と豊かな経済力で、もちろん幸せな犬や猫もいました。

 

一方、あまり裕福そうにはみえない家でも、家族同様とても大事にされ、

いつもご機嫌で幸せそうな犬や猫もいました。

 そして私たちシッターに対する依頼主の態度からも、
表面だけではわからない人間の本質を垣間見る良い機会となりました。

例えば…

ある依頼者は、私達の本来の仕事ではないゴミ捨て(それも大量に)や
洗濯物の取り込みまで当然のように頼んで出かけていきました。

 また別の依頼者は、冷蔵庫に飲み物を用意してくれていて
「お暑い中、ありがとうございます。冷蔵庫の中の飲み物をどうぞ」と、書いてあったりするのです。

 

結局のところ、人間の心の豊かさがなにより大事なのだと…
日々のシッター業務のさまざまなシーンで直面しました。

 

人間の愛や優しさについて、ペットシッターの仕事を通じ、
頭の理解ではない体感、経験として得た貴重な時期となりました。

 
アニマルコミュニケーションに出会ったのもペットシッター業務を通してでした。

 路上で出会う野良猫たちの保護をペットシッター業務と
並行してするようになっていたのですが、その保護活動を通して
偶然ではすまされない、実に不思議な体験をたくさんしました。

 

そんな中、慶応大学のキャンパスで保護した、難治性口内炎と
生まれつき弱い体質の猫を連れて行った病院の奥さんが、
アニマルコミュニケーターだったのです。

 

その当時、アニマルコミュニケーションのことは半信半疑だった私でしたが、

キキと名付けたその猫が…

「私を世話してくれた人たちは、みな良い人だったけれど、
私をみて、可哀想と指をさすので嫌だった。私は、そんな惨めな猫ではない。
あなたは、そんな風に私を見なかったのでついてきたの」と言いました。

 キキが話したことは、保護した状況と彼女の性格そのものだったので、
私はひどく驚き、とても感銘を受けました。

 

この時初めて私は、本当の意味でどうぶつと同じ視点で世の中をみたいと強烈に思った、
いや決意したのだと思います。
私の「キキのテーブル」という屋号は、この時の気持ちを忘れないでいたいのと、
そのことを教えてくれたキキに対する感謝が込められています。

 

その時の体験から、どうぶつたちに人間と同じような深くて豊かな心が
あることを知った私は、アニマルコミュニケーションを学び始めたのですが…

 

最初の2年くらいはまったくもってできませんでした。
自分の中の既成概念や、固定観念が中々外れていかなくて、
とても苦しみました。(自分では外しているつもりでしたが)

 

またその当時、私の中には、アニマルコミュニケーションができるのは、

そういう特殊な能力を生まれつき持っているか、霊能者のような家系に生まれ
遺伝的な素質がある人という観念がありました。そういう思い込みや決めつけがどこかにあり、
その決めつけから自らアニマルコミュニケーションをできなくしてしまっていました。

 

でも表面の意識では、「話をしたい、彼らの声を聞きたい!」と強く思っていましたから、
自分の決めつけで自分の首を絞め、コミュニケーションができないとは、思い至らなかったのです。

自分には才能がないのだと長い間思っていたものです。

 

やがて小さなことの積み重ねで、「あれ、私にもできるのではないか」…
と感じる瞬間が訪れました。それは日々の練習の中で、小さな点のような感覚でした。

最初は、偶然当たったとか、たまたま一致したと思っていましたが、
偶然はそう何回も続くわけがありません。

「これは特殊な能力ではなく、誰にも備わっている、
もともと人間がもっているものなのだ。できる、できないは、
自分にもできると、心から信じることができるか否かだ」

 

アニマルコミュニケーションを勉強していた時、この思いがやがて
実感となり確信にちかいものに変わっていきました。
それが、一番大きな気づきであったと思います。
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長文お読みくださり、ありがとうございました。

HPにアップした際は、是非、他の項目もお読みくださいませ。

 

心に響くなにかが一行でもあれば、とても嬉しく思います。

 

 

 

 

 

  • 2019.01.15 Tuesday
  • 23:33