キキのテーブルのブログ「4×6 -4つの目、6本の足-」

シモン君は幸せな思い出の中で旅立った

今日ご紹介するのは、マンションの中庭で旅立った
シモン君(推定19歳)の実例です。

犬好きなら胸が熱くなる内容ですので、
いつも通り長文ですが、お付き合いください。

 

さて、当のシモン君はどんな犬だったか…
R家との出会いから、ご紹介します。

老いた写真は載せたくないというご希望で、シモン本犬の写真はありませんが、
イメージで添付した犬の写真にそっくりです。テリア系の毛質と短い尾に、
色んな洋犬の特徴が身体中に散りばめられた―そんな容姿の中型犬で、
際立つのは、温和で穏やかな瞳です。大きくて澄んだ、とても美しい瞳です。

写真のそんな瞳に瞬時に惹きつけられて、私はしばらく見惚れていたものですが、
Rさんのお父様が保護した当時、その大きな瞳は怯えていたといいます。

 

かれこれ17〜8年前、美食家だったお父様が行きつけの店から出てくると、

シモン君が店の脇の路地にいました。お父様が入店した時はいませんでした。
そもそも、その場所は都内の一等地で、繁華街もすぐ近くです。
犬を放し飼いにする人などいませんし、迷い犬はおろか
散歩する犬も見たことがないような路地だったのです。

大の犬好きだったお父様は、気になって声をかけました。
「おいどうした?こんなところで」

すると短い尾を小さく振って耳を寝かせ、シモン君は鼻を鳴らしました。
でも、なにか怖い思いをしたのか、しきりに回りを気にし、寄ってきません。

そこでお父様はその場にしゃがんで、犬好きがよくやるように
手を差し出し、呼びかけてみました。

すると食べ物を貰えると思ったのか、シモン君は手の先の地面に鼻をすりつけました。

そこで店の主人に頼んで、肉の塊を分けてもらいました。

鼻の先に投げてやると、シモン君は貪るように食べました。

食べ終わった彼に、お父様は言いました。
「おまえなにか事情があるんだな…まあいい、今日はワタシの家に泊るかい?」

お父様が歩き出すと、シモン君はつかず離れずという距離を保って、後を着いてきました。

翌日しかるべき届けを出しましたが、名乗り出てくる人はおらず、
そのままR家の犬になったのでした。シモンの名は、出会った店の店名から文字ってつけました。

 

シモン君はお父様に恩義を感じていたのか、その日以来、まるで「
忠犬ハチ」のようだったそうです。どこに行くにもお伴をしたがるのです。

そのうち行きつけの店にも同行したがるようになり、
試しにリードをつけて店の裏手に繋いでもらったところ、ずっとそうしてきたように、
くるんと身体を丸め、寝てしまったそうです。

お酒好きだったお父様が、飲みすぎてふらつくことがあっても、その歩調に合わせて歩き、
仲良く帰ってくるのでした。その時のシモン君ときたら、まるでお父様の
専任SPのように得意そうだったといいます。

そのうちお父様も、「シモンが待ってるから」と言って、
深酒をすることがなくなりました。

「私がどんなに言っても聞く耳持ってくれなかったのに、
シモンなら、お酒を控えるのね」とお母様が皮肉を言うほど、
シモン君とお父様の絆は深かったそうです。

 

そのお母さまが旅立ったのは、10年前。お母さまがいない家、思い出の詰まった
地にいるのは辛いとお父様が言って、今Rさんが住んでいる郊外の地に越しました。

各部屋の窓から海が見え、中庭もある瀟洒なマンションで、写真には、
蘇鉄の大木に囲まれた南欧風の建物が写っていました。

お母さま亡き後急に老け込んでしまったというお父様は、歴史の教科書に出てくるような
立派な紳士でした。それだけに、杖で支えた身体が痛々しく見えました。
でも、その杖を更に支えるようにして、シモン君がお父様に寄り添い写っていました。

Rさんはピアノと英語を教え、お父様とシモン君と静かに暮らしていましたが、
5年前、そのお父様も旅立ちました。

Rさんはお父様が旅立った後のシモン君を心配していましたが、今度は、
60代で独りになったRさんの専任SPとして生きる意志が、みてとれたといいます。

そんなシモン君も年齢には逆らえず、今年の4月、静かに旅立ったのでした。

 

Rさんがアニマルコミュニケーションで聞きたいことは幾つかありましたが、一番は、
シモン君の旅立ちに関してです。

シモン君の老いが顕著になったのは、昨年の秋以降でした。足元がおぼつかなくなり、
マンションから外へ出る散歩を嫌がるようになりました。
19歳という高齢から、若干、痴呆の症状もみえるようになっていたと言います。

そしてその頃から、マンションの中庭へ行きたがるようになりました。
もちろん、仕事以外の時は、Rさんが一緒に行きました。

そのマンションの造りはとてもゆったりしていて、各部屋が中庭をぐるっと
囲むようになっています。中庭はちょっとした公園ほどもある大きさで、
中央に大きな木陰を提供する大木が繁っているのでした。
その大木の下と他に3か所、ベンチが設置されています。

マンション1階の部屋には専用庭があって、直接中庭に出ることができました。
R家の部屋は
1階でした。最初は、仕事が終わるまで待つことができたシモン君ですが、
次第に大きな声で催促するようになり、ピアノの授業どころではなくなりました。

中庭の大木のベンチに連れて行くと、シモン君はベンチへ上がりたがります。
乗せてやると、満足そうに鼻をひくひくし、くるんと丸まって寝てしまうのでした。

マンションの住民も管理人もみなおっとりした人達で、シモン君のことも可愛がってくれていました。

 

それで次第に、授業中はシモン君を中庭に出すようになりました。
ベンチの脚にリードを固定し、ベンチに座らせてやると、
迎えに行くまで大人しくしているのでした。

ある日もそうしてベンチに繋ぎ、2時間くらいで迎えにいくと、
シモン君の身体は既に、冷たくなっていたのでした。

「どうして、シモンがあんなに中庭に行きたがったのか…全然思い当たらないのです。
だから、その理由を教えてもらいたくて」と言うRさんに、私はセッション前こう質問しました。

「晩年のお父様と一緒に、中庭で過ごしていたということはないですか?」

すると、プライドが高かったお父様は、こちらへ越してから杖の介助が必要になり、
そんな姿を人に見られるのが嫌で、外へ出ることはほとんどなかったと言うのでした。

 

シモン君にコンタクトを取り、中庭のベンチへ誘うと、彼は喜んでついてきました。
でも、その足取りは老犬ではなく、とても軽やかなのです。

「おや!」と思った瞬間、中庭の景色はさっと遠のき、緑の多い坂道に変わりました。
一緒に歩いている私はお父様になっているようです。自分でも信じられないくらい大股になっていて、
気分は、これから楽しいことが待っているという高揚感で満ちています。
時刻は、昼と夜のちょうど中間、
15時〜16時という感じがします。

シモン君はもう喜び勇んで、後になり先になりして着いてきます。

やがて視界がパッと開き、知り合いがいるのか、手をあげて挨拶します。
誰かが振り向き、お父様の席があるというように、手招きしています。

そこで映像は終わるのですが、最後に一瞬観えた光景が、橙色に染まる夕焼け、
ベンチに座ってその夕焼けを眺めている、お父様とシモン君のシルエット

でした。

「シモン君が最後、ベンチに行きたがったのは、このころの楽しい思い出に浸ることができたか…
もしくは、多少痴呆が出ていたのなら、その時代に戻っていたのではないかと思います」

私がこんな風に伝えると、Rさんはホッとしたような顔になりましたが、
肝心のその場所がわからないし、思い当たらないと言うのでした。

 

私たちコミュニケーターのリーディングも、所詮人間がやることですから間違うこともあります。
そして飼い主さんが思い当たらないと言う以上、あきらめるしかありません。
シモン君の場合、観えたものはとても確かでしたので名残惜しい気持ちのまま、
そこで途切れた感じになっていました。

 

なので一昨日の夜、Rさんからメールが来ていて、件名の
「あの場所が実在しました」という箇所を読んだ時は、小躍りしたくなりました。

Rさんは5月のGWが終わって、東京に来ていました。その際、私が観た光景を尋ね歩きましたが、
お父様と付き合いがあったお店は、ほぼ代替わりしていて、
当時の話を聞いても詳しいいことはわからなくなっているのでした。

 

そんな中、シモン君と出会ったお店の2代目がこう言ったのです。

「家の店へ来るのは、いつも5時半ごろ、混雑する少し前でしたよ。
だから家に来る前に、どこかへ寄ってたんじゃないですか…ああ、そういえば!」

Rさんもうっかり記憶から抜けていたというのですが、その店を挟んで
R家と反対側に行くと、小高い山で、その界隈では有名な神社があったのです。

Rさんは店の帰りに、その神社へ確認しにいきました。神社へ通じる道は、
4階建てに相当するくらいの坂道だったそうです。

ドキドキしながら坂をあがっていくと、橙色の夕焼けが広がっていて、
古びた木のベンチがありました。

ここに飲みに行く前のお父様とシモン君が、立ち寄っていたことはほぼ間違いない、
そのことが分かってよかったと、Rさんの文は踊っていました。

そして最後にこう書いてありました。

「実は、ア二マルコミュニケーションでその質問をしたのには理由がありました。
マンションの皆さんも管理人さんもシモンをとても可愛がってくれていたもので、
ベンチで誰にも看取られずシモンが亡くなったのを知って、
耳が痛くなる噂話が聞こえてきていたのです。そこで私もやはり、
あんな老犬を繋ぎっぱなしにして、私が殺してしまったのではないだろうかと、
密かに悩んでおりました」

 

私はRさんにこう返信しました。

「みなさんが心配してくださるのは有難いことですが、今後そういった噂話は、
どうか一蹴なさってください。シモン君のあのワクワクとした気持ち、軽やかな足取り、
そしてなにより、お父様に付き添って出かける喜びは、私が今思い出しても胸が熱くなります。
シモン君は、一番幸せな思い出の中にかえっていて、その幸せな記憶に浸りながら旅立っていった。
それは間違いないことでしょう。なんて、幸せな逝き方なのでしょう!」

 

長文お読みいただきありがとうございます。

 

どうぶつは、私たちと同じように、幸せな記憶の中に戻っていける。

そしてその思い出にひたって過ごすことができる。

そう教えてくれたシモン君に、敬意と感謝をこめて!

 

 

 

 ※上記写真はイメージです。

 

 

  • 2018.05.23 Wednesday
  • 00:07