キキのテーブルのブログ「4×6 -4つの目、6本の足-」

母の日によせて「この道」

今日は母の日。私にとって6回目の、母のいない母の日です。

時々無性に書きたくなる母のこと…
自分の記録用の意味もあって、アップしています。

プライベートな投稿になるので、ご興味のある方がいらしたら、
お付き合いください。

 

人の記憶と音楽がすごく結びついているのは、
多くの方が経験していると思います。

学生時代に好きだった歌が流れた途端、
一瞬でそのころに戻ってしまうみたいな…

今日は、そんな歌に関する母との思い出を記してみます。

 

最近、寝転がって本を読むことはなかったのですが

Stayhomeで家にいることが多くなってから、時々するようになりました。

すると言っても、わざわざそうして本を読むのではなく、
ちょっと休む時、ついでに本をめくるみたいな感じで読むのです。

 

連休中のある日も、ちょっと横になって本をめくっていました。
湿度の低い、よく晴れた日の午後でした。
テレビがついていて、小窓から入って来る心地よい風が、
レースのカーテンを揺らしていました。

揺れるカーテンを眺めながら、気持ちのいい風だなと思っていたら、
テレビのCMソングが流れてきました。

第一生命だったでしょうか…題名は、「この道」という北原白秋の歌です。

1番の歌詞を書き出してみます。

 

この道はいつか来た道。

ああ、そうだよ。

アカシアの花が咲いている。

 

誰でも一度は聞いたことがある歌だと思います。

「懐かしい!」と思って歌の歌詞を追っていたら、
私は、札幌の家に戻っていました。

まだ10代の私が、居間のソファーに寝転がり雑誌をめくっています。

ソファーの背には母の手製で、手の込んだレース編みのカバーがかかっています。

その先のベランダは、母が出入りするのに、少し開いていいました。

北海道の春特有の、サラサラした心地良い風がレースのカーテンを揺らし、

庭には鮮やかなピンクのツツジが咲いています。


その庭から、母の歌う声が聞こえてきました。

 

母は、とても几帳面で綺麗好きな人でした。掃除と洗濯が何より好き。

いつも真っ白に洗い上げた洗濯物を、丁寧に干していたものです。

平日、母はフルタイムで勤めていたので、昼間の洗濯は土日しかできません。

土日が晴れていて、溜まった洗濯物を洗い上げ綺麗に干す。

それは、父との結婚生活で満ち足りた時間の少なかった母にとって、
日々の嫌なことをリセットして、自分を取り戻せる…そんな時間だったのかもしれません。


実際母の干した洗濯物は、アイロンがいらないくらい綺麗でした。

袖口までピシッと伸ばした洗濯物を、時間をかけ丁寧に干します。

3本の竿にはためく洗濯物は、きちんと整列した何かの作品に見えたものです。

 

洗い上げた洗濯物を干す時、母はよく歌っていました。

この道の歌は春から夏の定番で、ゆったりした曲調がとてもお気に入りのようでした。

「この道は」のフレーズで、たたんだ洗濯物を伸ばし、
「ああ」の所で物干しにかけ、残りのフレーズで整える。
そういった母の動作が、歌の聞こえ具合でわかりました。


私はそんな母の歌声を聞きながら、読むともなく本を読んでいるのです。

忙しそうか、憂鬱そうか、経済のことを心配していることが多い母が、
のんびりしているのを感じるのは、娘の私にとってもよい時間でした。

 

母は時々、私の名を呼ぶ時があります。

そういう時は、洗濯のピンチがたりなくなったか、

室内にある伸縮竿を取ってほしい時です。

私がソファーで本を読んでいるのは、そういう母の要望に応える面もありました。

大抵、すぐに起き上がって取りに行き、窓から母に渡します。
その時、洗濯物の残り具合を確認するのでした。

すぐ終わりそうなら、お湯を沸かしに台所にいきました。母は洗濯物が終わると、

大好きな珈琲を飲むのです。私も大抵一緒に飲みました。

 

でも母と喧嘩をしたりして面白くないことがあった時、私は意地悪をしたものです。

母に呼ばれても聞こえないふりか、寝たふりをするのです。

母は、たいてい3回私の名を呼びます。それでも返事をしないと、
あきらめてベランダから入ってきました。

母も負けていないので、「すぐ寝たふりするんだから」とか言いながら、
私の頭の上を
イライラした感じで歩いて行くのでした。

その時の母の口調や、通り過ぎる時の母の匂いが、

今ここにいるかのように鮮やかです。

 

40年以上も前のことを、どうして今ここにあることのように
思い出せるのか不思議ですが、私はつい起き上がって、頭の上を確認してしまいました。

もちろん既に違う次元にいる母が、ここにいるはずもありません。

 

それでも私は母の気配を追って、しばらくぼんやりしていました。

 

気がつくと、この道を歌っていました。
歌いながら、探しに行かなくちゃという気持ちが、ムクムク湧き上がってくるのです。

記憶があまりに鮮やかなので、母が死んだことの方が非現実で、
洗濯物を干す母が現実のように思えてならないのでした。

今私はこの場にいるけれど、母はずっとあの場にいて、歌っているんではないかと思えるのです。
伸縮竿を取ってほしくて、私のことを待っているかもしれません。

そんな風に空想はエスカレートし、いてもたってもいられない気持ちになるのでした。

 

この道の歌詞は、4番まであります。母は3番まで正確に歌っていましたが、

4番になると、時々忘れます。忘れた箇所は、「るるる」とか、「ららら」と歌っていました。

 

もし本当に探せたなら、今本当に見つけられたなら、母が知らぬ間にそっと後ろに行って、
ベンチに座って居ようと思うのです。

あの頃私はいつも黙って聞いていたけれど、本当は、4番の歌詞を調べて知っていました。

だから母に会えたら、歌ってあげるのです。

 

母はすぐに驚く性質の人でした。私がそっと後ろにいて、4番の歌詞を歌ったら、

「ああ、びっくりした」と言って、こちらの方が驚くくらい驚くことでしょう。


久しぶりに母が驚く時の顔を思い出したら、涙が止まらなくなって困りました。

 

母親がこちらの世界にいる方も、すでに違う世界にいかれた方も、

みなさま、素敵な母の日を💖

 

 

 

  • 2020.05.10 Sunday
  • 11:25