キキのテーブルのブログ「4×6 -4つの目、6本の足-」

イランの猫

イランが、どこにあるかを正確に知ったのは、
2年くらい前のことです。

きっかけは、「イランの猫ともセッションできるか?」
という問い合わせでした。

 

それまでの私はイラン(イランというより中東全体)と聞くと、
口髭をたくわえ、黒い法衣のような服を着た険しい表情の人しか浮かびませんでした。
そしてメディアが流すテロなどの映像から、怖い国とさえ思っていたのです。

 

地図で場所を確認して、依頼者Sさんにこう返信しました。

「ものすごく遠いですね!でも、遠隔で行うアニマルコミュニケーシヨンは、
基本的に場所と時間の制約を受けません。なので猫の写真と、
名前、その猫がいるおおよその住所がわかれば、問題ないとは思います」

問題ないの後に「は」を入れたのは、現地が戦争やそれに近い状態だったら、
音や環境の変化に敏感な猫とコンタクトが取れるか…
それが、心配だったからです。

 

すると、「その点は大丈夫です。なにせ、マリと暮らしていたのは、
かれこれ30年も前のことです」と、言うのです。
そこで詳しく話を聞いてみると、Sさんは当時、旦那さんの

海外勤務でイランに住んでいたのでした。結婚してすぐのことだったといいます。

赴任当時、Sさんは犬が好きで猫には興味がなかったそうですが、
住んですぐに、イスラムの国で猫が特別大事にされていることを知りました。

 

猫好きなら、預言者ムハンマドと愛猫ムエザの伝説を
聞いたことがある人も多いでしょう。

ある日ムハンマドが出かけようとすると、彼の服の上でムエザが寝ていました。
ムハンマドはそーっと衣服を抜き取ろうとしましたが、
猫のムエザを起こしてはいけないと、袖を切り、片袖の服を着て出かけたのです。

他には、ムハンマドが猫の額に手をあてたら、額にMの文字がくっきりついた。
今でも
M文字模様が額にある猫は、ムハンマドの愛猫の子孫なのだという話しもあります。

Sさんもそんな話を散々聞かされ、どこへ行っても猫を見かけるうち、
猫もいいなと思うようになったそうです。

なにせ当時、旦那さんの上司だったイラン人の家にも猫がたくさんいたのです。

 

ある日、上司の奥さんが、「猫を飼ったらどう?」とSさん夫婦に勧めてくれ、
「なんなら、家にいる猫の中からどうぞ」と言ってくれたのです。
(当時室内に8頭〜10頭くらい猫がいたそうです)

 

Sさんが選んだのは、預言者ムハンマドの言い伝えと同じ、M模様、長毛の雌猫でした。

動じない感じの猫で、不慣れなSさんが抱っこしても逃げず、喉を鳴らしてくれたのです。

Sさんは、ムハンマドの愛猫の血を引く猫と暮らせることが
とても誇らしい気持ちだったと言います。
Sさんの生家は今の日本では珍しい、3世代がワイワイと暮らす大家族でした。

それが急に、旦那さんと異国で2人暮らしの身です。
淋しさと慣れない環境からからくるストレスで、
Sさんはすっかり自信をなくしていたのでした。

 

猫には、仲の良い姉の名前をつけ大切にしました。共に暮らしてみると、
マリは人間顔負けの賢さだったそうです。実際、本当の姉のようにSさんを支えてくれ、
マリが来たことで話し相手ができたSさんは、本来の自分を取り戻していったのです。

 

そんな楽しい生活が2年半ほど続いたある日、旦那さんの新しい赴任先が決まりました。
栄転でしたが、今度も海外でした。

そしてその時Sさんは身重で、出産を控えていたのです。

マリと離れたくはありませんでしたが、上司の奥さんが落ち着くまで預かると言ってくれ、
Sさんは1人、出産に備え日本へ帰国したのでした。

 

その後、色々なことがあって、マリとは、それっきりになってしまいました。
旦那さんと、共に暮らすこともありませんでした。

産まれた息子さんを1人で育てあげ、その息子さんも、昨年自立しました。

 

1人になったSさんは、マリに似た猫と暮らしたいと思うようになりました。
そこで新たな猫を迎える前に、マリに謝り、その後どうなったかを知りたいと
依頼してきたのです。

 

結果は、事実は小説より奇なり…を地でいく、驚くものでした。

マリは、Sさんのホームシックを心配した旦那さんと上司の奥さんが
相談して送り込んだ、親善大使だったのです。

何度尋ねても、マリ本猫がそう言うのです。
Sさんの他に、何人もの若い女性の顔がルーレットみたいにグルグル回って見えてきました。

「あなたに見せている、女の人全員の家に行ったわ、いつの間にか、
慰めるのが私の仕事になっていたんだもの。
みんな、知らない国に来て淋しがっていたからよ」と…

 

私は思ってもいなかった結果に驚き、どう伝えようと悩んだものです。

当のSさんは一瞬絶句しましたが、その後の流れと一致していることが多く、
これで合点がいったと言いました。

たとえば、何年か経ったのち、もう一緒に暮らすことをあきらめかたSさんが、
せめてマリの写真を見たいと言うと…

何か月も経って送られてきたのは、あきらかに上司の奥さんの家ではない場所で、
知らない女性に抱っこされたマリの写真だったそうです。

 

「その時は、その女性の元で親善大使をしていたのですね」

Sさんは、長年の胸のつかえがとれたと言ってくれました。

心通うことが少ないと思っていた旦那さんが、実は自分のことを心配してくれていたとわかったことも、
大きな収穫だと言って、Sさんはイランの話を聞かせてくれました。

市井の人はみな素朴で優しく、豆のサラダが取り分け美味しかったこと…

日本のカレーに似た味でもてなしてくれたこと…そしてみな信心深く、
モスクの荘厳さ美しさと言ったら息を飲むほどで、
今でも目にしっかり焼きついていると…

 

新たな年になってすぐ、大国の大統領が、イランの文化遺産を含む
重要施設への攻撃に言及した時、私はすぐにSさんのことを思い出していました。

 

特に古都のイスファハンは、かつて世界の半分の美しさと言われるほどの栄華を誇り、

今も歴史的・文化的に重要な建造物がたくさんあると、教えてくれたものです。

「イスラムの真珠と言われているんです。今はネットで検索すれば一発で出てくるでしょう。
是非、見てください!」と言われて画面を開いた私は、息を飲みました。

余りに美しいものをみると、人は動けなくなってしまうものですが、そういう域の美しさでした。

その日からイランは、キジ柄長毛の親善大使猫マリとともに、いつか訪れたい地になったのです。

 

文化遺産を含む攻撃に関して、今は、沈静化したような報道もされていますが、
状況の変化次第で、いつ再燃するかわりません。

何世紀にもわたり人々が大切に受け継いできた、

美しい建物を破壊する権利など、誰にもないことは明白です。

 

最後に、親善大使のマリが今どうしているか彼女が語ったところによると…

「私はたくさんの人を癒し支える仕事を(何代かにわたって)してきたから、

もうそちら(世界)は卒業したの。それから、ずっとこちら(の世界)にいるのよ」

そう言って一瞬見せてくれたのは、イスファハンのモスクにもひけをとらない

眩い光の世界でした。

 

長文お読みくださり、ありがとうございました。

(画像はネットのフリー写真からお借りしました。
一部イランではないものも含まれています)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • 2020.01.11 Saturday
  • 18:51