キキのテーブルのブログ「4×6 -4つの目、6本の足-」

🐾今年1番の思い出🐾

横浜の年の瀬は、春のような日が降り注ぐ、とても穏やかな1日でした。

 

さて今年も、あっという間の1年でした。

皆さまにとってはどんな1年だったでしょうか…

 

今年は自然災害の多い1年という印象が強いのですが、

私にとって1番の思い出も、災害が関係していました。

お名前や写真は出せないのですが、記事にしてもよいとのことでしたので、

数奇な運命に翻弄されたニック君の(Iさんご本人の弁)お話を記します。

 

今年の秋以降手作りのバスボムを作るようになった私が、
沢山作りすぎたこともあって、
お分けします(ご希望なら石鹸も)
という記事を書いた時のことです。

Iさんは、バスボム希望者のお1人でした。

その時希望者は5名だったのですが、3名は実際会ったことがある方たちでした。

Iさんともう1名が、会ったこともセッションをしたこともない方でした。

 

バスボムを送るということは、自分の住所や電話番号の個人情報を、
こちらに伝えることになります。それって、やはり不安に思う方も多いことでしょう。

でも私のブログを長年読んでくいれてると、セッションをしたことがなくても希望してくれます。

 

なので、特に驚くことではなかったのですが、なぜか私は、Iさんのメールを開いた瞬間、
ドキッとしたのです。もう1人の方のメールとは、あきらかに、熱量のようなものが違いました。

セッションのリーディングをする時みたいに、神経が1か所に集るのがわかりました。

仕事の時は自分で意識してそのようにするのですが、
その時は、勝手にスイッチが入ったような感覚でした。
こんな風になることは滅多にありませんが、なる時は、その先に必ず何かある時です。

 

「Iと申します。日本海の海が見える、小さな街で暮らしています。
工場の勤めが終わって、バスを待っている間、前田さんのブログを読んでいます。
いつも胸に沁みて、心が温かくなり涙が出ます。バスボムで身体まで温かくなりたいと思い、
応募しました。セッションを受けたこともないのに、図々しい申し出だったらおゆるし下さい」
(原文のまま)

 

Iさんのメールを読み始めると、海に沈む真っ赤な夕陽が見えてきました。
その海沿いにバス停があって、簡易の待合に簡素なベンチがみえました。

次に、スマホの画面を熱心に見ている背の高い女の人が現れ、
頬が夕陽に染まって薔薇色にみえました。

彼女がIさんだとわかりましたが、そんなことをいきなり尋ねるわけにもいかないので、
私は、こんな風に返信しました。

「いつも読んでくださって、ありがとうございます。セッションを受けたことがなくても、
もちろん、バスボムをお分けいたします。個数と好みの色や香りがあったら、教えてください。
ご住所と、お電話番号もお願いいたします」

 

するとすぐに返事が来ました。
「香りなどはお任せいたしますが、肉球の形のバスボムがあれば、
そちらをお願いしたいです。以前犬がいたものですから」
(原文のまま)

以前犬がと書いた時、Iさんはニック君のことを思い出したのでしょう。
それが瞬時に、私にも伝わってきました。

先ほどのバス停に立つIさんから少し離れた所に、中型のMix犬が座っているのが、
見えてきました。記事に添付したイメージ写真に似た、黒に茶が混じった毛色の犬で、
短い垂れ耳、温和で賢そうな目をしています。

Iさんをじっと見つめているその姿から、もう何年もそうしてきたということが
伝わってきました。

 

頼まれてもいないのに、いきなり、こんな犬が見えましたというのも失礼なので、
その時は黙っていましたが、Iさんに送るバスボムの梱包をしていたら、もう言いたくて仕方なくなってきました。
言わずにはいられない、そんな気持ちになるのです。

「茶色に黒い毛の混じった、中型犬が見えるのですが、心あたりはありますか?
じっとIさんのことを見ています。
何か伝えたいことがあるように思うのですが…」

 

今度もすぐに返事が来ました。写真も添付してありました。

私にみえたのは、Iさんの愛犬、ニック君でした。愛犬といっても、一緒に暮らせたのは、

わずか半年ほど、東北の大震災の年だったそうです。

当時Iさんは、2011年に東北を襲った巨大地震の、圏内に暮らしていました。
その時は、太平洋の海沿いの街で、教師をしていたとのことです。

ニック君はもともと野犬として捕獲され、愛護センターで処分寸前の犬でした。
攻撃性はないものの人に慣れない怖がりな犬で、中々引き取ってくれる人がいなかったのです。

 

震災の前年秋に、保護団体の人を介し、ニック君はIさんの犬になりました。

 

それまでIさんは犬と暮らしたことがなく、1人暮らしでしたので、
譲渡対象者として、有利とはいえません。

それでもIさんの犬になったのは、Iさんの熱意と、職種の安定性、
当時住んでいた祖母の家の敷地が広くて、回りの環境が良いと判断されたからでした。

それに加えて、お見合いの時、初めて見たIさんにニック君は、歯を見せて
「ニッ」と、笑ったことが決めてとなったのです。臆病な彼が、
初めての人を見て笑うなど、考えられないことでした。

名前のニックも、そのことからきています。

 

「それがあんなことになるなんて」と、電話口のIさんは涙声になりました。

あの巨大な揺れに襲われた日、Iさんはたまたま有休を取り、祖母のホームに行っていました。
その帰り道、運転中に被災したのでした。

天と地がひっくり返ったかと思うような揺れだったそうです。揺れがおさまった時、
Iさんの頭には、祖母、学校の子供達、ニックの顔が同時に浮かんだそうです。
彼女が最初に向かったのは、海に一番近い学校でした。
自宅の方が近かったのですが、学校に向かいました。

 

結果は、生徒にもニック君にも会うことはできませんでした。Iさん自身も途中で車を捨てて、
命からがら逃げるのがやっとで、全てが流されてしまいました。

その日からずっと、Iさんは悔いて、自分を責めながら生きてきたと言います。

学校をやめ、両親が住む街に移り住み、ひっそりと生きてきたのです。

悪夢にうなされなくなったのは最近のことで、それさえ、自分1人が忘れてしまったようで、
申し訳なく思うほどだと言いました。

 

特にニック君に対しては、自分の所へ死ぬために来たようなもので、あの時なぜ、
一番近かった自宅へ真っ先に戻らなかったのか、ずっと自分を責めてきたのでした。

 

でも実は、ニック君がIさんに伝えたかったのは、まさにその部分でした。

ニック君はこう言いました。「お母さんが、あの時学校に行こうと思ったのは、
仕事の責任感からだって、僕はわかっているよ」と。そしてさらに、驚くことを言ってきたのです。

家も流された濁流で生きているまいと思っていたニック君でしたが、何かの切れ端に乗って流され、
途中から泳いで山に逃げ込んだと教えてくれました。

今はもう亡くなっていましたが、あの震災で亡くなったわけではないと言うのです。

「僕は人に慣れることが難しい犬だったけれど、お母さんと暮らした半年は夢のように幸せだった」
と、教えてくれたのでした。

 

ニック君の死に関しては、今となって確かめようもないのですが、Iさんと私、双方の心に変化をもたらしました。

今Iさんは、再び子供に関わる仕事をしたいと思うようになったそうです。

 

私の方は、アニマルコミュニケーションの力を実感できた出来事でした。

ともすれば、誰か呼んでくれる人がいるのかしら・・・という孤独を感じながら書いているブログも、
誰かの心を温かくしている。そのことを、こうして身をもって実感できたことも大きな成果でした。

 

 

来年も、必要などうぶつと人に繋がることを信じて、コツコツと努力をしていきたいと思います。

 

今年1年、ありがとうございました。

新しい年が、人とどうぶつにとって、少しでも優しく明るい年となりますように。

 

長文、お読みくださりありがとうございます。

皆さま良いお年をお迎えください。

 

 

 

  • 2019.12.31 Tuesday
  • 20:25