キキのテーブルのブログ「4×6 -4つの目、6本の足-」

お勧めの本

読書の秋は過ぎてしまいましたが、
今日はお勧め本のご紹介と、感想あれこれです。
興味のある方は、お付き合いくださいませ。
 
各種メディアで取り上げられてから大人気とかで、
すでにご存じの方も多いと思います。
「生きものの死にざま」というタイトルの本です。
 
内容は、タイトル通り…人間以外の生きもの達が、どのように子孫を残し、
どのようにこの世を去るかです。
老体に鞭打って花の蜜を集めるミツバチ、
成虫としては1時間しか生きられないカゲロウなど、
紹介されている生きものは、29種類にも及びます。
1 空が見えない最期──セミ
2 子に身を捧ぐ生涯──ハサミムシ
こんな見出しと本文のみ、著者は農学者です。
淡々とした筆致なのですが、それがかえって、
生きものへの造詣の深さを際立たせています。
 
自然界のいきものたちの死にざまですから、読み手の感性によっては
「凄惨」とか、「残酷」と思える場面も出てきます。
でも考えてみたら、人間が一番残酷ですね。
人間以外の生きものは、自分の生存をかけたこと以外、他者に手をかけません。
その場合も、己のエゴや楽しみではなく、根源に命を次に繋いでいくという
目的があります。
 
私は、どうぶつたちの気持ちを飼い主さんに通訳する仕事をしているので、
普段から、できる限り、公平、中立でいたいと願っています。
そうでないと(偏ってしまうと)、良いリーディング、セッションができないからです。
もちろん、どうぶつが大好きです。
 
そんな風に思っている私でも、この本を読むと、
いかに自分のどうぶつ大好き(愛)が
主観的で、感傷的で、偏愛なのかに気づかされます。
 
たとえば2に出てくるハサミムシ。石の下等にいる、目立たない虫です。
もし草むしりなどの際見つけたら、駆除という言葉で、
躊躇なく抹殺してしまうような虫です。
でもハサミムシの母親が、飲まず食わずで40日以上も子虫を護り通し、
最後は自らの身体を子虫たちに差し出して彼らの命を繋ぐ。
そのことを知ったらどうでしょうか…
 
私のどうぶつ愛など、自分が好きな生きものだから、自分の感情を
投影できる生きものだからにすぎないのだということを、再認識させてくれます。
犬や猫がまったく好きではない人が、犬や猫なのだからハサミムシと
同じになってもいいと言ったとしたら…そんな風に考えてみたくもなりました。
 
ハサミムシの母親の、人間もかなわない献身をこうして読んだ後は、
今まで虫ならいいと思っていた人たちも、反論できないことになります。
虫ならいいという気持ちの底には、本能しかない下等な生きものという見方があるからです。
でもハサミムシの母親をはじめ、本書で紹介される生きもの全てが、みな愛情深いのです。
100歩譲って、虫ならいいとしても、私たち愛犬家、愛猫家の多くが、
平気で、牛や、豚や鶏を食べていることはどうなのか…と、考えさせられます。
家畜と呼ばれるこのどうぶつたちと犬や猫は、知性や意識の発達度において、
なんら差はありません。
人間の都合で分けられているだけ、牛や豚たちは、
彼らの知性や情愛を示す機会が与えられていないだけなのです。
 
私は自分が選択できる場において、肉は食べません。
その選択を、夫はもちろん、誰であっても、私以外の人に強いることはありません。
他の人と、その考えは正しい、正しくないという議論をするつもりもありません。
また公平な観点からみたら、植物だから良いとも思っていません。
彼らは、どうぶつとは意識のしくみや性質は違いますが、強烈な痛みを
感じる生きものです。
彼らもまた、人間に食べられるためだけに存在しているわけでもありません。
 
さて、こんなことを言っている私も、大いなる矛盾を抱えているのです。
魚介が美味しい北海道で育ったこともあって、貝やイカ、タコに目がありません。
それが困ったことに、この本で、タコの母親のことも紹介されていたのです。
※ネットで掲載されていた「東洋経済オンライン」より一部抜粋します。
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交接の後、オスは力尽き生涯を閉じてゆく。交接が終わると命が終わるように
プログラムされているのである。
残されたメスには大切な仕事が残っている。
タコのメスは、岩の隙間などに卵を産みつける。ほかの海の生き物であれば、
これですべてがおしまいである。しかし、タコのメスにとっては、
これから壮絶な子育てが待っている。卵が無事にかえるまで、巣穴の中で卵を守り続けるのである。
卵がふ化するまでの期間は、マダコで1カ月。冷たい海に棲むミズダコでは、卵の発育が遅いため、
その期間は6カ月から10カ月にも及ぶといわれている。これだけの長い間、
メスは卵を守り続けるのである。まさに母の愛と言うべきなのだろうか。この間、
メスは一切餌を獲ることもなく、片時も離れずに卵を抱き続けるのである。
「少しくらい」とわずかな時間であれば巣穴を離れてもよさそうなものだが、
タコの母親はそんなことはしない。危険にあふれた海の中では一瞬の油断も許されないのだ。
もちろん、ただ、巣穴の中にとどまるというだけではない。
母ダコは、ときどき卵をなでては、卵についたゴミやカビを取り除き、
水を吹きかけては卵のまわりの澱(よど)んだ水を新鮮な水に替える。
こうして、卵に愛情を注ぎ続けるのである。餌を口にしない母ダコは、次第に体力が衰えてくるが、
卵を狙う天敵は、つねに母ダコの隙を狙っている。
また、海の中で隠れ家になる岩場は貴重なので、隠れ家を求めて巣穴を奪おうとする
不届き者もいる。中には、産卵のためにほかのタコが巣穴を乗っ取ろうとすることもある。
そのたびに、母親は力を振り絞り、巣穴を守る。次第に衰え、力尽きかけようとも、
卵に危機が迫れば、悠然と立ち向かうのである。
 
卵から小さなタコの赤ちゃんたちが生まれてくるのである。母ダコは、卵膜にやさしく水を吹きかけて、
卵を破って子どもたちが外に出るのを助けるとも言われている。
卵を守り続けたメスのタコにもう泳ぐ力は残っていない。足を動かす力さえもうない。
子どもたちのふ化を見届けると、母ダコは安心したように横たわり、
力尽きて死んでゆくのである。
これが、母ダコの最期である。そしてこれが、母と子の別れの時なのである。
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 死にざまは=生きざまです。
ふだん気にもかけない生きものたちの、素晴らしい生きざまをこうして知ると、
私たち人間の愛とは、いったいなんだろうという思いにさえなります。
 
私に関して言えば、確かなことは、私のどうぶつ愛は小さくて狭いということです。
だからこそ、どんな時も、偽善の正義を振りかざすことはしたくないと思います。
 
これは私の読後感ですが、この記事を読んでくださった方、
それぞれの読み方ができる素晴らしい本だと思います。
 
話を戻して…私が肉を食べなくなったのは、美味しいご馳走ではなく、
切断された肉の塊にしか見えなくなったからです。
塊という断片になる前の彼らに、人間と同じ深い心があることが身に沁みて、
自然と手が伸びなくなりました。
 
さて、タコの場合、私はこれからもタコを食べ続けるのでしょうか?
はたまた、食べられなくなるのでしょうか?
 
続く…

 

 

 


 

 

  • 2019.11.30 Saturday
  • 20:57